お墓の歴史
2016.12.20

subimg05現代ではひと昔前と異なり、様々な供養の形が提案されています。もともとお墓というのは身分の高い人しか建てることができないものでした。これは明治時代ぐらいまで続き、一般の人も持つことができるようになったのは明治時代以後だといわれています。それまでは、人が亡くなった場合火葬することもあまりなく、一般の人は主に土葬で埋葬されていました。当時火葬には薪などの燃料が大量に必要だったため、身分の高い家柄でなければ金銭的な面で火葬は難しかったとされています。多くの人が考えているほどお墓は古い歴史を持つものではなく、比較的最近始まった習慣だといえるかもしれません。また、最近まではその明治以後の慣習として、ひとつの家にひとつの家墓というのが定着していました。それがここ数年で家の概念から解放され、個々の終の住家としてとらえる傾向が強くなっています。

少子化などの社会的な背景のもと、家墓の継承者がおらず、親や自分たちの遺骨をどうしたら良いのかと悩んでいる人は少なくありません。また、継承者がいたとしても、それから先の子や孫など次世代に管理などの負担をかけたくないとして、永代供養タイプのものを選ぶ人も増えてきています。また、自然葬として認知されている散骨や樹木葬などの選択をする人も徐々に増加しているようです。いずれも墓石を持たないという共通点があり、次世代への負担を軽減することが可能となります。また、霊園や墓地などは広大な敷地を必要とするため、全国的に不足の傾向にあります。そんな理由もあいまって永代供養墓や散骨の希望者は年々多くなっています。ただ、この新しいタイプの埋葬の形態というのは歴史が浅く、広く認知されているとはいえない状況です。

様々な変化が葬儀や埋葬においても訪れていますが、お墓は故人を偲び、先祖とのつながりを再認識する場所としてとても重要です。故人が散骨などを希望していた場合には、散骨を終えた後遺族が故人を偲ぶ場所がないということで後悔しているということも少なくありません。お彼岸やお盆のお参りという習慣は次第に薄れつつあるようですが、故人を偲び、自分の先祖のことを想起させることは今をより良く生きるために大切な時間だといえるでしょう。ひと昔前と違い、墓地も明るく開放的でお参りしやすい場所が増えてきています。そのため、お参りや供養が身近にある暮らしというのは実現しやすくなっているといえるでしょう。

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